国民の権利

 今日、大量の情報が政府や企業に収集され管理されている。しかし、情報公開には一定の制約がある。たとえば外交・防衛上の情報は国家機密として、また、個人的な情報はプライバシー保護のため公開されない場合もある。これらの情報が、国家機密・企業秘密の名目でおおい隠されたり、国民の手のとどかないところで操作されるとしたら、正しい世論の形成が不可能になるばかりではなく、国民は著しい不利益をこうむることになる。近年、政治や行政の不正・腐敗、企業の活動による被害などが明らかになっていく中で、国民の知る権利を確立すべきだという考え方が主張されるようになった。
知る権利は、憲法上の表現の自由に含まれると考えられており、裁判所もこれを認めている。
知る権利をより具体的に保障するために、国民がマスメディアなどを通して情報を間接的に受け取るだけでなく、国民が必要とする情報を直接入手できる方法として、情報公開制度の確立が求められている。

プライバシーの権利

 日本国憲法は、通信の秘密、住居の不可侵などの規定により、プライバシーを保護してきた。しかし、情報化社会が進展した現代では、政府や企業が個人に関するさまざまな情報の収集が可能になり、収集された個人に関する情報は、本人の知らないところで、さまざまな形で悪用される危険性が増大している。
こうした危険を防止するため、プライバシーの権利が主張されるようになった。プライバシーの権利は、マスコミなどに対して個人の情報を「知られたくない権利」として主張されてきた。しかし現在では、プライバシーの権利を、より積極的な「自分に関する情報をみずから管理する権利」としてとらえてきており、プライバシーの保護制度の要求が強まっている。
すべての人々は、生命と自由を守り、幸福を追求する権利、すなわち基本的人権を平等にもっている。このことは、自分の人権だけでなく、他人の人権も保障されるということを意味する。他人の自由や権利を侵害することがあってはならない。
憲法第13条は、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法そのほかの国政の上で、最大の尊重を必要とする」と定めている。
たとえば、「住居、移転、職業選択の自由」については、「公共の福祉に反しない限り」と規定されている。また、憲法第12条では、人権の濫用をいましめ、「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」と定めている。
 したがって、憲法が保障する基本的人権は、公共の福祉という社会全体の価値判断の基準によって何らかの制限や限界が存在するということを、私たちは忘れては成らない。同時に、公共の福祉が適用される場合、人権が「侵すことのできない永久の権利」として保障されていることをよく考慮し、慎重におこなわなければならない。